フランスの植物学者ジュール=エミール・プランション(1823-1888)は、南フランス・モンペリエ大学の植物学と薬学の教授でした。1866年、ローヌ川沿いのワイン生産地で、フランスのブドウ樹が不思議なことに枯れ始めました。この病害は急速に広がり、ブドウ樹の所有者やワイン愛飲家を震撼させました。枯れたブドウ樹を見ても、原因はわかりません。そこでプランションは、1868年の夏、対策の主要なメンバーとして呼ばれました。
プランション等は、枯れた株からは何も得られなかったものの、生きているブドウ樹の根に顕微鏡でしか確認できない小さな黄色いアブラムシのような昆虫がはびこっているのを発見しました。プランションはこの根に寄生するアブラムシをフィロキセラ属と命名し、疫病の原因であると考えました。
驚くべきことに、科学界はこの解釈に抵抗しました。プランションは、フィロキセラが病気の原因であることを証明するために、論争を続けました。1870年代初め、プランションはアメリカの昆虫学者チャールズ・V・ライリーの訪問を受け、アメリカのブドウの根はフィロキセラの耐性があることを知りました。1873年にアメリカに渡り、アメリカのブドウ畑を視察した後、セントルイスのライリーに相談し、アメリカのブドウ樹をフランスに輸入することを勧めました。プランションは、フィロキセラがアメリカからフランスに侵入したことを発見していたのです。接ぎ木計画が開始され、1888年にプランションが亡くなる頃には、フランスのワイン産業は救われました。

